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 その2

円湖歩路(マルコポーロ)はサイト管理者 源平うどんの創業者佐野薫のペンネームです


会報264号掲載より 平成29年5月 数字が持つ表情
 今月号は記事が少ないので穴埋めコラムを書くことにした。
 円湖の店で発行している宣伝紙「紙ブログ」第5号の記事を引用したので、いささか、手前味噌じみてはいるが積み重ねたデータから見える、数字の持つ表情を見るのも楽しいものであることを読者諸兄に伝えたい。
3,016,000
26209÷1104=23.74≒24  これらの数字は一体何?
 上の数字は円湖の店源平うどんが昭和42年(1967)5月16日に創業以来、今年の5月15日までにご来店いただいたお客様の人数3,016,000人。下の計算式は販売したうどんの全長26,209キロメートルを新幹線東京ー新大阪間の往復距離1,104キロメートルで割ると、おおよそ24往復したことになる言うことである。赤道の周りが40,075キロメートルだから半周以上したことにもなる。 
 計算の基本は来店総数にお客様が召し上がった1人前のうどんの長さ7.4メートルを掛ければよいわけであるが、ざるや鴨汁などつけ麺は1倍半、大盛りは2倍、びっくりざるは3倍など、しかも、暑いときと寒いときはざるうどんの出数が違うなど、直近1年間のデーターを分析して、一人当たり8.69メートルを導き出した。あくまでも、おおよそであるが大きくは、ずれていないと考えられる。
 3,016,000×8.69=26,209,040=26,209キロメートル。これがうどんの全長である。
 会員諸兄も自店のそばを1ヶ月分、いや10日分、いやいや昨日一日分を計算してみるのも新たな発見が有り楽しいと思われる。

会報257号掲載より 平成28年11月 ちりれんげ
鍋焼きうどんに添える「れんげ」正しくは「ちりれんげ」。かつて我々そばうどん店では鍋焼きうどん以外のかけそばやうどんには添えなかったはずである。
 昭和40年代に一世を風靡したサッポロラーメンがレンゲを添えて出すようになって以来のことと記憶している。当時の一般的な中華そばの器よりも一回り大きく厚手の青磁で麺のボリュウムも多く、丼を持ってスープを吸うにはちょっと重たいし、また、具材の定番であるコーンをすくって食べるのにも必要不可欠であったからと思える。
 円湖の店でも鍋焼きうどん以外にはれんげは添えていなかった。かれこれ30年以上も前の頃から時折「レンゲを下さい」と言われるようになった、やがてには「れんげが付いてないんだけど」とお叱りを受けるようになり、今では全部に付けている。 
 ★扇子を右手に、丼は左手でしっかりと持っているかのような様(さま)、扇子の箸を上下に二度三度、そこへフーフーフーと息吹きかけてから、ズルズルズルッと一気にのどに流し込み、両の手で抱えた丼を傾けて汁を呑み、手で口を拭う。これぞ、落語の世界のそばうどんを食べる様(さま)である。★
 ところがである。近年食べ方も様変わりしたもので、れんげの上に麺を載せてから口に運ぶ、こうした仕草をよく見かけるようになった。お客様の勝手だから致し方ないとしても、先の落語ではないが麺は丼からズルズルズルッと勢いで食べてほしいものである。同業諸兄も同じ思いではなかろうか。
 ちなみに円湖は昨秋から今年6月にかけて所用でうどん県香川に6回ばかり出向いた。言うまでもなく、うどん漬けの日々であったが、れんげはなかった。

会報256号掲載より 平成28年9月 彼岸花とメニュー切り替え
 店の駐車場脇の彼岸花、15日には発芽の気配も無かったが翌16日より毎日10センチのスピ-ドで伸びて、ピタリお中日に照準を合わせて満開となりそうである。冷夏だろうが猛暑だろうが開花時期は同じ、実に摩訶不思議かな。
 暑さ寒さも彼岸まで。22日は秋分の日、昼夜の長さが同じで翌日からは昼が短くなり日ごとに涼しさが増す。古来より雑節は農作業の目安としてであるが、我らそばうどん店としても秋冬メニューへの切り替えの目安となる。
 円湖の店も「秋の味二つ」なる新商品を発売することとした。一つは『きのこ汁うどん』もう一つは『秋茄子のとろみ汁うどん』でこちらの麺はポリフェノールを含む黒米粉を練り込んでヘルシーさをアピールしたものだ。
 数日中には全メニューの切り替えが終わる。


会報249号掲載より 平成28年1月 節分そばと香川県の年明けうどん
 節分そばは、その昔、年越しそばといって(今で言う年越しそばは大晦日そばと言った)邪気を払う清めのそば
を食べて立春を迎えたという。
 この古き良き習わしの節分そばをMCMの手で復活させようとのキャンペーンを17年前の平成11年の節分から数年間にわたりポスターを各店に配って実施したがいつの間にか立ち消えになってしまった。
 そこで、このキャンペーンを再度行えないものだろうか一年に一回のことであるから、普及するには長い年月と根気がいる。売り上げには直接結びつかないとしてもらMCMがこの古き良き習わしをお客様に知ってもらうための情報発信をすることは業界人としての役目ととらえみるべきである。いつの日か節分そばが定着する日を夢見るのもロマンではないだろうか。

 ところで、年明けうどんなるものが香川県にはある。こちらは数年前から始まった。 さぬきうどん振興協議会が年越しそばが年末ならば年始にうどんを、との事から生まれた販促キャンペーンである。(本紙247号コラム参照)
 1月12日に所用があって羽田始発、帰路は最終便で郷里の高松へ行った。本場香川の年明けうどんは、どうなってるのかなとの思いもあって朝、昼、おやつ、夕と4軒のうどん店で食べたが、どの店も「年明けうどん」は、やっていなかった。車で移動中もうどん店に幟や看板ポスターの類いもお目にかからなかった。 
 年明けうどんの定義は1月15日までだから未だ期間内だ。発信元の香川でこの有様では「年越しそば」に対抗してなどと始めたものの普及にはほど遠いと感じた次第である。

閑話休題
さて、節分そばに話を戻すとして、下は当時各店に配ったポスターであるが、必要ならば根津代表まで。
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会報247号掲載より 平成27年12月 年越しそばと年明けうどん
 師走に入り我らそば業界の一大イベント「年越しそば」を迎える事になる。
円湖の友人である川口の「お蕎麦や杉うら」さんでは早くもフェイスブックに年越しそば予約の書き込みがされた。MCMの会員諸兄もそろそろ気に留め始めた事と思われる。
 円湖はさぬきうどんだから、おそば屋さんの盛況を横目で見ながらも、キャッチコピーの”人生は太く長~く”を掲げてそれなりの工夫を凝らしてはいるが、おそば屋さんの比ではない。
 しかし、うどんには「年明けうどん」なるイベントが数年前から始まった。こちらは、さぬきうどん振興協議会が年越しそばが年末ならば年始にうどんを、との事から生まれた販促キャンペーンであるが、まだまだ地に足が付いていない。年明けうどんと名付けても良い条件があり、うどんに紅白の具材が入っていれば何でも年明けうどんと称する事ができるという極めてアバウトなものである。
 そこで円湖の店では「それじゃあちょっとねえ」との思いから一工夫している。この写真は今年のメニューであるが、これは紅白麺が別々に入っているが、一本の麺で紅白を抱き合わせて二層にしてみてはと挑戦をして試作に成功した。原理は生地2枚を貼り合わせて製麺する単純なものだが、茹でたときに剥がれないかとの危惧もあったがクリヤーして我ながらGoodと自画自賛してはいるものの、いざ販売となるとちょっと面倒かなとの思いが強い。


会報246号掲載より 平成27年10月 ハローウィン
 巷にはハロウィーンムードで溢れているが、円湖の店でもこのブームに乗り遅れまいと、ハロウィーンフ ェアと名付けて「パンプキンうどん」なるものを発売した。
 作り方は北海道の栗カボチャを蒸してからペーストを作り、粉に15%を混入して細うち麺に仕上げ、カボチャの天ぷらとペースト入りの汁で食べるものである。
 言うまでもなくこれによって客が増えたり売上が伸びるわけでもないが、お客様から「この店の主は常に前向きに取り組んでいるな」との思いを寄せてもらえればファンの拡大と固定化に繋がる事が期待できる。
 これも販売促進の一手段と考えている。

会報245号掲載より 平成27年9月 フェイスブック
 2年前にフェイスブックに手を出したが、システムが難解なことや、見知らぬ人から友達申請がやたらとあって、薄気味悪さも手伝って一ヶ月で退会した。
 今年の5月に若い友人の蕎麦屋さんの勧めで再び始めた。
 フェイスブックページには販促につながるお店の情報を、個人ページには趣味の花の絵を投稿している。
 以来、連日就寝前の1時間はFBの閲覧と投稿に費やしているが、クリエーティブな連中が多くて、その投稿からは貴重な情報と知識を私にもたらしてくれている。特に同業のそば店の投稿からは彼らのたゆまぬ経営努力を垣間見ることが出来るし、趣味の水彩画の投稿からはプロの「友達」も多く、素晴らしい絵に感化を受けている。今や私にとってフェイスブックは一日のサイクルの一部分になっている。
 私はフェイスブック(FB)とホームページ(HP)から発信する情報は販促の強力な武器と考えている。 
 ところで、MCMのホームページであるが、前号でも情報提供を呼びかけたが反応がない。情報が有れば即刻アップができるのでサイト管理者の佐野か根津代表まで提供して欲しい。

会報243号掲載より 平成27年6月 HP開設から15年
 MCMのホームページを平成12年5月に開設して以来15年が経過した。 ご承知のようにMCMのHPは「筆者の店が仲間のMCM会員をを紹介する形」をとっている。
 ホームページは常に更新して新しい情報を提供しなければ意味が無いのであるから時折各店の情報提供を呼びかけてはいるものの、理解を得られないのが実情である。今や誰もがスマホを操っている時代であって、スマホでの飲食店の検索は常識となっており、HPを販売促進手段として有効活用しない手はないと思う。
 充実をするためにも、写真や文言などの情報が有れば即刻アップができるのでサイト管理者の佐野か根津代表まで提供して欲しい。


会報240号掲載より 平成27年2月 節分のサプライズ
 去る節分の夜にご来店のお客様に予告することもなく、うどんの恵方巻きをひと口ずつと福豆を差し上げたところ、予期せぬ出来事に大喜びをいただいた。まさにサプライズである。
 この事が直接売上に貢献するわけでもなかろうが、話題性など何らかの効果は期待できたはずである。
 さて、故事諺の「柳の下に泥鰌(ドジョウ)」ではないが、またの効果を期待して3月3日桃の節句にも仕掛けたいと企てている。
 今度は巻き寿司というわけにはいかないので、茶切りうどんに節句らしい彩りよく具をちらした小さなうどんをサプライズで提供するつもりだ。なぜ茶切り?と思われようが、5月1日は八十八夜、小学唱歌の“夏も近づく八十八夜・・・・あれに見えるは茶摘みじゃないか”に因んで、ちょっと気が早いが、年寄りは気が短いんです。(笑い)
 今からお客様のビックリ顔と笑顔の様を思い浮かべては、悪戯っ子になった気分でいる筆者76.95歳である。



会報236号掲載より 平成26年11月 フェア 

 当店では毎月「○○フェア」を行っている。お客に次回は何フェアかしらとの期待感をもたせて、それを来店動機に繋げるもので、去る9月に「敬老の日フェア」をやった。健康志向の豆乳仕立てで、柔らかいうどん入りの「やわらか おじや」を売ったところ予想外の反響があり、今ではグランドメニューに定着させるに至った。これからも高齢化社会を見据えたメニュー開発を進めるつもりだ。
 10月には「ソフトドリンクフェア」。今月1日からは「うどんすきフェア」を開催中である。
 ところで、ある会員さんが組合販促で「夏天ぷら」をやって大好評を収め、現在は「秋冬天ぷら」を実施中。これらは言うなれば「季節天ぷらフェア」である。これからの季節は鍋焼き、あんかけ、など季節ものが主役、フェアの3文字を付けるだけで訴求力は上がる。

会報229号掲載より 平成26年2月 そば寿司恵方巻き
 節分を迎えて我が家も恵方巻きをかぶりついた後、初詣の折に金龍山浅草寺で買い求めた縁起物の福豆を撒いた。
我が家の撒き方たるや鬼は外1回につき福は内を3回唱えるセコイ撒き方だが、何としても福に来てもらいたい一心からだ。(笑い)
 ところで、恵方巻きと言えば29日に行われた新年会の時に更科の畔上さんから「ソバ寿司の恵方巻きはどうだろうか」と提案があった。「むろん今年には間に合わないが来年に向けて企画してはいかがか」と。
 この着想は面白い。ソバ寿司という業界伝統のメニューがあるではないか。これを使わない手はない。近頃、ケーキの恵方ロールなる物もあるし、なにも寿司だけに独占させることもあるまい。
 これの実現には周到な準備が必要だろう。MCM会員店の中でソバ寿司を常時提供している店は少ないはずだから、先ずは実習。これには、手打ちそばの名店松月庵の花島さんの指導を願えばどうだろうか。事前のPRも必要でポスターなどの掲示物や幟旗なども必要だろうし、各店で異なる考えがあろうから、具材や価格などは統一できないから自由裁量にしなければならない。理想としては組合20店全ての参加が望ましいが、これもまた困難で、先ずは賛同者だけで始めることになろう。
 「来年のことを言うと鬼が笑う」・・・まさに、鬼の話だ。
 鉄は熱いうちに打てと言われるように、来年の話などと言わずに早速にも近く開かれる役員会で取り上げてみて、その是非を協議しておくべきであろう。

会報224号掲載より 平成25年8月 
キャッチコピー
 先月の役員会後の雑談の中で三郷長寿庵の北野さんが、短冊POPに「冷や麦とだけ書いていたが、後日「始めました」と書き足したら、よく売れるようにったと言っていた。普通にありふれた何でもないことだが、これも立派なキャッチコピーの役割を果たしている。受け手のお客様にとっては、始めましたの言外に、「いよいよ夏だな」とのイメージが膨らむからだ。
 キャッチコピー(またはキャッチフレーズ)は和製英語であって英語ではadvertisig sloganアドバタイジング・スローガンである。言うまでもなくキャッチコピーは商品広告や宣伝などに使われる文章で消費者を煽る(あおる)ことから煽り文句とも言われる。
 かつて、会報153号(18年10月)に当店のキャッチコピー11例を挙げてその重要性を記したことがあった。最近の例では夏に限定の「細打ちごまだれうどん」のポスターと短冊に書き込んだものを挙げると【夏を究める】【のどごしの言葉はもう古い のどをすり抜ける美味しさ】【お待たせしました ごまだれうどん 始めました】このお待たせは始めましたを強調。その他「舞茸の天ざるうどん」の短冊POPには、【天ざるは 舞茸 だよね!】と。舞茸に関しては北海道の舞茸専門業者から直送の物だから【そんじょそこいらの舞茸とはちがう舞茸】と。また、一品料理の「ゴーヤの天麩羅」を値下げして【夏バテ予防にビタミンCがいっぱい】【夏バテ予防応援価格】と強調。
これらのコピーを配したメニュー、短冊、テーブルPOP、ポスター等による訴求効果は高く、前述の長寿庵さんの事例でも、キャッチコピーは極めて重要な販売ツールといえる。

会報221号掲載より 平成25年3月 あじさいねぎの粉末
 1月の半ば頃であったが、あじさいねぎ普及プロジェクトから、あじさいぎの粉末が届いた。筆者が以前に提案していたもので、ねぎ単体の販路拡大と合わせて粉末にすることで麺、パン、ケーキ、せんべい、餃子の皮等々、幅広い用途が期待できるからである。
 試作で細打ち麺を作ってみたところ、さながら中華の翡翠麺であり、ほうれ ん草パスタにも似ている。
 20日には上野の桜が見頃を迎えたとか、いよいよ本格的な春を迎える。と、思う間もなく汗ばむ初夏もすぐそこだ。つまり、冷たい麺が売れ始めるわけで、筆者円湖はあじさい細打ち麺による清涼感を演出したメニューを発売しようと考えている。
 ところで、本紙218号で宇宙かぼちゃの粉末の事に触れたが、それらと合わせて「松戸の町おこし」アイテムとしての可能性を秘めている気がする。


会報219号掲載より 平成25年1月 政権が変わった

 1998年に小渕内閣(次の森内閣でも)で経済企画庁長官に就任した堺屋太一さんが就任直後のテレビ番組の中で「このままだと、やがて日本はデフレスパイラルに陥る」と言っていた。
 当時、小渕首相がテレビ画面いっぱいに蕪を手に持って上にあげ「株よ上がれ」とやってのけた伝説の名画面?があった。また、インフレ誘導によるデフレ脱却と景気浮揚を図っての2000円札を発行した時期でもある。自販機やATM、レジスターなどの改造でかなりの経済効果があると囁かれもしたが、なんの波及効果もなかったようだった。
 余談になるが2000円札は1年に数回しかお目にかからなくなった。一体どこに行っちゃったんだろうか。数年後にはコンビニの学生アルバイト店員に差し出そうものなら「店長さ~ん、これって使えるんですか」と言われそうだ。(笑い)
 閑話休題。当時はデフレスパイラルなる言葉をメディアでもあまり取り上げなかったような記憶があるが堺屋さんの言葉が私の耳には今なお強く残っている。全くその言葉通り今の日本は鳴門海峡の渦潮に呑み込まれたかのごとく、そのスパイラルから抜け出そうとして必死にもがいている様である。
 政権が変わった。安倍さんの公約通りに万事が進めば万々歳だが、本当に景気浮揚ができるのだろうか。今度こそは「オオカミ少年」でないことを願う。

会報218号掲載より 平成24年11月 宇宙かぼちゃ
 先日杉浦市議ご夫婦が「白宇宙かぼちゃ」とそのパウダーを持参して、近くメニューコンテストを行うが応募締め切り済みなので、何か良いアイデアがあれば参考出品してもらえないかと打診してきた。
 白宇宙かぼちゃとは何ぞやと思われる読者諸兄に念のため記すが、2010年に山崎直子さんがスペースシャトルに松戸産の品種(松戸白)の種を搭載して、宇宙から帰還したものを試験栽培したものである。
 先ずはパウダー混入でかぼちゃ切り(かぼちゃ麺)を作った。その麺で生かぼちゃは天ぷらにして「天ぷらうどん」に、方や、蒸してミキサーにかけたペーストを盛り汁に混ぜて、「かぼちゃざるうどん」を作った。来年夏には本格的に出回るとかで収穫時期の夏が待ち遠し。
 筆者は松戸名物として町おこしに大いに貢献すると予測している。          

会報217号掲載より 平成24年10月 あじさいねぎうどん
 何度か本紙で取り上げたが、あじさいねぎのメニューが好評である。筆者の店のみならず、満留賀本店、松月庵さんでも同様と聞き及んでいる。
 好評の要因はお客様が常に新しいものを求めていること、食べてみてあじさいねぎの味に魅せられたこと、ポスターと幟による販売戦略が功を奏していること等が挙げられる。がしかし、何といっても「売ろうとする店側の姿勢」がお客様の心を掴んでいるからに違いない。
 先日の松戸祭りに調理師会のコーナーでポスターを掲示してもらったところ、多くの参観者から興味深く三店の場所などを尋ねられた、ということを事務局の鈴木さんから報告があった。
 筆者の店ではこの秋冬に向かってあじさいねぎをたっぷりと使った写真のあさりうどん(商品名 磯の香うどん)を発売したところ、これもまた好評を博している。
 会員諸兄も試してみてはいかがでしょうか。

会報206号掲載より 平成23年9月 秋メニューへの切り替え
 日本列島を直撃した台風15号が去った翌日は、まさに台風一過の雲一つ無い秋晴れとなった。「暑さ寒さも彼岸まで」と、昔の人はよく言ったものだと毎年感心する。
  吹く風もひんやりと肌を掠め、庭の彼岸花は時節到来、ここぞとばかりに数百本が一斉に芽吹き、23日のお彼岸には数十本が深紅の花を咲かせた。お彼岸にピタリと照準を合わせて咲くあたり、実に摩訶不思議な自然の演出である。
  さて、どこの店でもこれを境に春夏メニューから秋冬メニューへの切り替えが始まる頃である。今日26日は10月下旬並みの気温だとかで震え上がったくらいだから急いで切り替えをしなくてはなるまい。おそらく明日あたりからは出筋が変わるに違いない。
  ポスターやテーブルPOPの作り替えなどでここ数日はパソコンにお世話になる日が続く。

会報204号掲載より 平成23年7月 やぶさんの事
 見出しにやぶさんと書いたことに些か故人に対して不謹慎ではないかとの気もしたが、私にとっては藤田さんで はなくて「やぶさん」なので ある。いや私以外の誰もがやぶさんであろう。それほどにみんなに親しまれた男であった。
 陽光苑のそば振る舞いなど 組合の行事や食協調理師会の行事にも何かにつけてとてもマメだった。反面、役員会などでピント外れの意見を述べて失笑を買うこともよくあったが、それが愛嬌でキャラクターでもあった。酒が入るととりわけ賑やかで楽しかったが今となっては少し過ぎたのかなとも思う。
 筆者とはご子息の媒酌人を頼まれるなど個人的にも親しかったので痛恨の極みである。
                               やぶさん、お疲れさんでした。安らかに。  合掌

会報200号掲載より 平成23年3月 200号
 本号で200号を迎えた。
 MCM発足時の第1号が平成5年10月9日でタイトルは「会からのお知らせ」内容はMCM発会式の収支報告、第1回目の共同購入としてヒゲタのお年賀用卓上醤油と万上みりんの申込、忘年会の予告の記事であった。ただし正確には 1号の前月9月22日に発行した麺クラブ21松戸発会式のお知らせが最初と言える。
 当時はワープロだったので写真もなく華やかさがなかった。30号からタイトルが「麺クラブ会報」 現在の「MCMだより」は10年1月16日発行の53号からである。13年3月24日発行の80号で始めて写 真が掲載され紙面も読みやすく訴求力も増した。
 「コラム」は13年7月26日発行の84号からで14年7月23日発行の127号から「当方見聞録」に名を変 えた。
 ひと口に200号と言っても足かけ18年、途中病気入院中は当時の笛木代表が代わりに発行してくれ たこともあった。
 組合が今何を考え、何をしようとしているのかを的確に会員に伝えるツールとしての役割は充分に果たしているものと自負している。
 残るは何号まで続けられるか。その鍵は自身の健康が握っている・・・そんなことを言わなければならない歳になってしまった。円湖の今は72.99才、あと数日で15日には73になる。
でも、何故かこの老人、やる気満々である。

会報197号掲載より 平成22年11月
 先月号(196号)で変わりうどんについて研究中であると書いたが、11月に変わりうどんシリーズとして「小松菜うどん」「矢切ねぎうどん」を相次いで発売したところ大好評を博している。とりわけご当地メニューである矢切ねぎうどんはよく売れている。
 いよいよ師走、師走といえばそば店では定番の変わりソバ「柚子切り」が始まるが名店と称される店でも近頃滅多にお目に掛からなくなった。そこで当店では変わりうどんシリーズ「柚子切りうどん」を発売することにした。
 柳の下にドジョウが何匹いるが分からないが、必ずいることを信じて変わりうどんシリーズは毎月、続けるつもりでいる。

会報196号掲載より 平成22年10月
 このところ筆者は「変わりうどん」の試作に熱中している。蕎麦の名店が更科粉に練り込んで作る変わり蕎麦のうどん版である。
 今はパウダーが簡単にしかも少量でも入手できるので研究、試作、実験販売が容易になった。  過去、モロヘイヤうどん、よもぎうどん等を宴会の〆として使った。現在レギュラーとして定着しているのは毎年6月に売るアジサイうどんである。これは紫いものパウダーを練り込んでアジサイ色の麺を作り、大葉を葉に見立てて盛りつけて供するもので好評を得ている。
 近く商品化を予定しているものに葱うどん、小松菜うどん、人参うどん、牛蒡うどん、柚子うどん、ほうれん草うどん、カボチャうどんなどである。他に黒米のパウダーを練り込むのも面白いのではと考えている。
 どれも麺だけでは訴求力に乏しいので、葱うどんには甘くて美味しい矢切ねぎをひと工夫、小松菜うどんは小松菜入りの汁で、人参うどんは人参のかき揚げを添えて、牛蒡うどんは牛蒡の天麩羅を添えるなどえ、それぞれ関連性をもたせたものを付けるつもりだ。特に葱は地元の名産品であり、ご当地ソングならぬ「ご当地メニュー」としてのスタンスで考えを巡らせている。

会報190号掲載より 平成21年12月
 毎年暮れにその年の出来事を振り返っての「今年の漢字」が発表されたが「新」が選ばれ清水寺森清範貫主が揮毫した様子が報じられた。
 私は一年間の結果論ではなくて、年初に今年の漢字を心に決める。昨年は「楽」と決めたが結果は「苦」であった。
 今年は「改」ときめた。仕事もプライベートも改めるべきことが多くある。特に商いの場では見直さなければならない
 ことが山ほどある。改革、改善、改正、改良、改造、改築・・・等、頭に改のつく字は多いがこ  れらの代表格は「改革」である。
  昨今、メディアでは外食不況という言葉さえ使われ始めた。不況と言う名のモンスターに飲み込まれないために商いの根本を見直して再生する必要に迫られている。
  我が店も十数年を経過し店舗が陳腐化したし、現在のライフスタイルにも合わなくなった。改革を旗印にここ一番勝負をかけるべきか否か悩ましいところである。


会報184号掲載より 平成21年5月
 ゴールデンウイーク明けに製麺機メーカ大和製作所の研修会に出席した。
 目的は繁盛支援研修の受講と、どうしても見たい試したいと思い続けていた生粉打ちができる製麺機の実習である。筆者円湖の店はこのところ蕎麦は商っていないが持ち前の好奇心が足を運ばせた。
  先ずは経営講習であるが、講師の藤沢幸子氏は女性ながら舌鋒鋭く、その内容は筆者が毎日欠かさず見ている同社藤井薫社長のブログ「麺専門店の繁盛方程式 日々の気づき」から感じ取れる藤井イズムの薫陶を彼女は全身に受けていることが感じられた。
 受講者は新規開業予定者が大半を占めて、他に営業者や何かを始めようとしそうな企業の社員らが混在していたせいで、話は広く多岐にわたったが、筆者にとって耳の痛い話も多々あった。耳が痛いと言うことは反省材料であり大いに勉強になった。
 さて、本題の麺機であるが、そば粉内地100%、水だけの加水50%でミキシング、ロールで延ばしてから畳み、包丁切り方式で切ったそばを25秒ゆでて出来上がり。実にウマイ、まさしく手打ちそばの味である。このそばを持ち帰り、尊敬する江戸打ちそば職人Mさんに、方や親友の従来型麺機で打っているJさんに試食してもらったところ「本当に機械で?」と高い評価を得た。押し出し式の麺機による生粉打ちとは格段の違いであり、目から鱗が落ちた。
 筆者は生粉打ちの是非を論ずるつもりはない。商いとして考えた場合、全く別のコンセプトを持った店を作らなければならず、現況の多くの店がオペレーションをクリヤーできないことは言うまでもない。しかし、こうしたことを実体験することで自身の営業を見直して新たな展望を見いだすことができる筈である。
 「耳の痛い話」や「目から鱗が落ちる」ことは一歩前進のための良薬である。

会報183号掲載より 平成21年4月

 株式会社ゆで太郎システム(東京品川区西五反田 池田智昭代表)が運営する「ゆで太郎」馬橋店が去る2月20日にオープンした。松戸市内では本町店に次いで二番目の出店である。
 同社は前身の信越食品株式会社のとき、平成6年10月に第1号店を開店してその後16年8月に株式会社ゆで太郎システムを設立、関東一円をサポート地域とするFCを展開している。
 現在都内59店を中心に八王子1、神奈川3、千葉県内には松戸2店、船橋2店、市川、習志野、八千代、茂原、市原でそれぞれ1店、合計9店舗となっている。
「安くておいしいそば屋であって、立ち食いそば屋ではない」ことをコンセプトとしていて、それなりの特徴が見られる。
 挽きたて・打ち立て・茹でたての「三たて」を売りに、店内には品川麺機製の製麺機が据えられていて、時折その作業を見ることができる。
 麺は細打ちで(たぶん22番だと思われる)そば粉55%でそば粉には20%の石臼粗挽きが混合されている。かえしは銚子の醤油メーカーに委託製造しているが、ダシは鰹荒節、宗田節、鯖節を使って各店で作る。つまり、麺と汁のこだわりを売りにしている。また、幹部社員とFCオーナーを対象に「本物を知る」ために手打ちそばの勉強会を行うなどの努力もしているという。
 うまい、まずいはそれぞれの主観であるから評するべきではないが、もりかけ260円の価格と品質とのバランスは文句のつけようがないと円湖は思う。
 立ち食い的そば店は駅構内か駅周辺に限られていたが、路面に出店する「ゆで太郎」から我々は目が離せない。
 余談になるが同社長のブログ「ゆで太郎日記」は自身のことはもとより、他にも広く政治、経済、世相の多岐にわたり、読み応えがあって面白い。

会報180号掲載より 平成21年2月
 世の中にはスゴイ男がいるもんだ。
 株式会社トリドール(本社神戸市中央区)代表取締役粟田貴也氏である。平成2年6月に有限会社トリドールコーポレーションを設立、7年10月に株式会社トリドールに改組し、昨年12月10日には東証一部に上場した。
 ご存じない方は、つい数週間前に市内栗ヶ沢にオープンした「釜揚げ讃岐うどん丸亀製麺」の会社と言えばお判りの筈である。全国で189店、北は北海道から南は九州まで主としてSC内のフードコートの出店が多いが、栗ヶ沢店のような路面店(郊外型)もある。千葉県内には13店、この近辺では野田市横内の16号線沿い、鎌ヶ谷市イオン鎌ヶ谷店内、習志野台、志津、また亀有のアリオ亀有店内にある。
 ただ、なぜか四国には愛媛県新居浜市のイオンモール新居浜店にしかなくて、讃岐うどんの本場香川県には一店もない。本場での勝負を敬遠してのことか、はたまた敢えて火中の栗を拾うこともなかろうとの判断だろうか。因みに杵屋も香川県には無い。
 同社は家族で楽しめる焼き鳥ダイニング「とりどーる」としてスタートし、うどん「丸亀製麺」、 焼きそば「長田本庄店」、パスタ「神戸元町グリル三番館」、お好み焼き「粉もん屋」、ラーメン「丸醤屋」、これらを合わせた複合店「麺屋通り」を展開している。中でもうどんの丸亀製麺は平成12年11月に兵庫県加古川市に開店、数も圧倒的に多く189店であり、この成長ぶりはそれなりの成果を上げている証であろう。
 丸亀製麺は筆者の店とは業態が異なるわけで競合もあるだろうが、讃岐うどんを広めてくれる役割もあると前向きに考えている。 
 余談
 「はなまるうどん」は平成12年5月に香川県高松市木太町が創業店で現在全国で250店舗を展開していて香川県13店、千葉県内には10店ある。


会報179号掲載より 平成21年1月 

 輝かしい新年をお迎えのことと・・・、輝かしい新年の幕開けです・・・、お健やかに新年をお迎えのことと・・・、幸多き新年をお迎えのことと・・・。
 これらは年賀状の冒頭に書かれている、いわば年賀状の定型文であるが、日本人1億2700万人のうち、今年はこの文章に格別の虚しさを感じるのは筆者だけではあるまい。
 アメリカがクシャミをすれば日本は風邪を引くと言われたのは、とっくの昔の話であり、今やアメリカがクシャミをしたために(サブプライムローン問題)全世界が混乱の渦に巻き込まれた。
 業績を落とした企業の大量解雇が相次ぎ、65歳以上の高齢者は日本人口の21%を占め、ボールを投げれば失業者か高齢者に当たる時代となった。
 混迷の度を深める社会情勢は好転の糸口すら見つからず、その影響下にある飲食業界で大手ファミレスですら縮小を余儀なくされている。ましてや、我々零細な店はこれから先どう生き残るかとの思いが強い。
 大場代表挨拶文にもあるとおり、個々の力では不可なことも組織の力で可能に出来ることもある。MCMとして何が出来るかを見極めなければならない。
 読者諸兄から本コラムは正月らしくないテーマとお叱りを受けるかも知れないが敢えて書かせてもらった。年賀状冒頭の書き出しを素直に受け入れられる時代の到来を心待ちにするためにも。

会報175号掲載より 平成20年8月

 先日、東洋商事の井上所長がラーメン店が元気がよいのはそれぞれの店がそれぞれの味を持っているからで、とりわけスープにその違いが見られ、各々の店の個性を強く打ち出しているから、それによっての客側の選択肢の拡がりが元気の要因であろうとの話をしていた。
 筆者も同様の意見を本紙121号(16年1月1日)に記したことがある。一昔前はラーメンと言えば味も店も似通っていたが、今では麺・スープ・具に独創性があり、店舗も屋台風・和風・ダイニング風など実に個性的である。
 我が蕎麦業界も江戸時代から続く伝統食品として、その味を頑なに守ることは良いことではあるが、食生活の変化に順応すべく、既存の殻を破るチャレンジャー精神が求められているのではなかろうかとの主旨を書いた。
 そうした背景の中でこの夏、チャレンジがあった。それは井上所長が力を入れた「ゆずポン酢つゆ」味のそばうどんである。つまり、従来のそば汁から飛び出した汁で、ベースはただの「キッコーマンのたっぷり柚子ポン酢」であるが、これに呼応した各店が、それに加えるダシや汁の配合に工夫を凝らして各店各様のオリジナルな汁になった。その汁を使ってのそばやうどんの新メニューは各店とも好評を博しているという。勿論、筆者の店でも売れ筋であるが、暑さも過ぎて直ぐに涼しくなる。秋冬の季節こそポン酢が似合うので、既に照準を合わせて開発中である。
 目先を変えることは商いの鉄則であると心得ている。

会報174号掲載より 平成20年7月
 八千代市のやちよ蕎麦の会では、冷やし揚げナスそばをテーマにして、各店がひと工夫凝らした揚げ茄子を使ったそばを販売して大成功していることを聞いた。
 6.7.8の3ヶ月間を冷やし揚げナスそば祭と称してスタンプラリーを行っている。9月からはまた新たなメニューで行う計画という。
 この会は、会を挙げてソバ畑に取り組んでいることを会報169号の本欄で書いたが、以前から筆者が尊敬と羨望の念を抱いている行動力のある会である。
 平成5年にMCMを立ち上げて以来、筆者は組合共同企画商品実現の夢を持ち続けている。実現の時には右のマークをメニューに表
示しようと考えている。
 八千代を見て、ますますその思いがつのる。 


会報169号掲載より 平成20年2月
 新年会でサポーター代表として挨拶した板橋厨房社長はソバの契約栽培も視野に入れた組合活動をしてはいかがと提案された。
 あまりにも大きくてハードルの高いテーマであるから理想ではあっても検討することすら及び腰になりそうだ。
 しかし、身近なところにお手本がある。それは八千代市の「やちよ蕎麦の会」 で、平成12年に発足し、加盟10店が休耕田を借りて収穫したそば粉を使っている。新蕎麦の時期にわずかな期間だけ使用する程度ではあるが、市と商工会議所のバックアップや栽培過程にボランティアの応援を得るなど、そば粉の実質よりもそこから派生する宣伝効果の方が大きい。つまり、形を変えた販売促進策である。
 MCMにとって夢物語であるとしても、夢を持ち続けることは楽しいし、実現の可能性だって無きにしもあらず。Boys, be ambitious. ならぬ Mcms, be ambitious. MCMよ大志を抱けである。
  ところで、中国産玄ソバは輸出関税を20%かけることになったし、トウモロコシなどバイオ燃料への転作が始まり、また、中国国内自体のソバの消費量が高まってきていることなど中国産玄ソバ価格高騰の要因は充分すぎるほどある。輸入玄ソバ約8万トンのうち8割を占める中国産だから、その影響力は極めて大きい。これらの要因が改善される見通しは皆無であり、悪化の一途をたどることは明白である。
 さてさて、夢物語が現実になるかもしれない。


会報168号掲載より 平成20年1月

 食協の友人からの年賀状に、彼自身の今年の目標として「急がず、あせらず、ゆっくりと」と書き添えてあった。おそらく今の混沌とした世相を生き延びるための自身に課した教え(訓)だと私は解釈した。
 彼は私よりも若いのだから、これで良しと納得はしたが、私はそうはいかない。
 本来ならば粉骨砕身一生懸命生きてきたその人生満期の利息(ご褒美)を今頃は受け取れずはずであった。しかし、このご時世では、砕けた骨を更に砕かねばならない。しかもゴールは刻一刻迫って来るとなれば、「急いで、あせって、せかせかと」と、彼の目標をパクるしかない。

会報166号掲載より 平成19年12月
 ガソリン価格の高騰を引き金に、連鎖反応的に値上げラッシュの現象が起きている。我が業界においてもオーストラリアの干ばつで小麦粉ASWの価格が上がったし食用油も大幅に上がった。世界的な情勢から観てもこの現象が沈静化する要因は見当たらない。
 デフレスパイラルによって、消費者にしてみれば物が安く買えてありがたくても、中小企業や商店街は不況に喘いでいる。我が業界も例外ではない。
 緩やかなインフレは経済を活性化すると言われているが、このところの急激な値上げラッシュは不況でありながら物価が上昇するというスタグフレーションの様相を呈していると感じるのは筆者だけだろうか。
 閑話休題。「誠に申し訳ないのですが次回納品分からは・・・」と仕入業者からの宣告を戦々恐々としている日々が続く。
 しかし、仕入原価が上がったからと言って直ちにそばうどんの価格に転嫁するには問題がありそうだ。それは、そばうどんの持つお値打ち感つまり価格と商品内容とのバランスであるが、残念ながら他の外食と比べると競争力の低下を感じる。
 今しばらく世間の動向を見極めてからでも遅くはないと思われる。 

会報165号掲載より 平成19年10月
 亀と福どちらもハッピーな二文字であるが、この字に田と福が付くと、このところ連日テレビのワイドショーを賑わしているダーティな二文字となる。
 言うまでもなく亀田と赤福だが、亀田は我ら食の業界と無縁であるので横に置くとして、赤福の食品衛生法違反はボロボロ出てくるから相当なものである。
 誰もが一度は食べたことのある、あの赤福餅、江戸時代から続く老舗が赤心(いつわりのない心)を失った結果、記者会見で真っ赤なウソをついて世に赤恥をさらして赤面の至りであり、信用失墜では収益は赤字になりかねない、ここ一番全てを赤裸々にして出直すことが信頼回復につながる。
 それにしてもこの種の問題は後を絶たない、今年に入ってから数えても五本の指では間に合わないほどである。
 「世に盗人の種は尽きまじ」とは石川五右衛門の言葉、「世に不当表示の種は尽きまじ」とは誰に言わせるべきか。
 我々は食品メーカーではないが、食の安心安全を守る立場は同じ、これを他山の石としなければならない。
 ちょうど今、本文を執筆中にも比内鶏、宮崎地鶏と出てきた。「比内鶏よ、お前もか」。
 
会報164号掲載より 平成19年9月

 私の郷里香川県ではこの時期、郊外の田畑を見渡すと、到る所に赤い塊が目に入るが彼岸花である。農家の庭先、石垣の間、寺の境内、墓地などは言うまでもなく、とにかく多い。子供の頃、高徳線(高松と徳島を結ぶ鉄道)の鉄路の土手が真っ赤に染まっていたのを想いだす。
 私はこの花が大好きで十数年前に四国から持ち帰った球根が駐車場の片隅で年々増えている。
 彼岸花は実に不思議な花で、今年は芽が出ないのでどうしたのだろうと思っていると15日を過ぎた頃に突然に芽を出し、一日に5,6センチあまりも伸びて、ピタリ彼岸のお中日に照準を合わせたかのごとく満開になる。猛暑の時も冷夏の時も開花時期に変わりがなく実に律儀な花である。
 暑さ寒さも彼岸までと言われる。季節の移ろいに合わせて、当店では彼岸花を境に秋メニューへと切り替えが始まる。

会報161号掲載より 平成19年6月(161号では二題掲載しました)
 ここ数年前から「食育」なる言葉をよく耳にするようになった。
「食育」とは様々な経験を通じて食に関する知識と食を選択する力を習得し、健全な食生活を実践できる人間を育てることであると定義されている。
 2005年(平成17年)6月10日、食育基本法が成立された。食育によって国民が生涯にわたって健全な心身を培い、豊かな人間性を育むことを目的としている。食育基本法においては、生きるための基本的な知識であり、知識の教育、道徳教育、体育教育の基礎となるべきものと位置づけられている。単なる料理教育ではなく、食に対する心構え、栄養学や伝統的な食文化についての総合的な教育である。
 先日届けられた広報まつど6月15日号の一面に食育に関する特集記事が掲載されていた。また、 啓蒙事業としては【食の夏祭りin松戸】を7月15日に森のホールで開催するもので、服部幸應氏を招いての基調講演や松戸市民劇団による食育劇などが行われとのことである。このイベントの周知には食協や調理師会も協力をしてる。
 さて、MCMのソバプロジェクトによる市立旭町小学校のソバ打ち体験教室は種まきから始まり、生育状態の観察、収穫、製粉工場見学、ソバ打ち、そして食事まで、一連の流れはまさに「食育」以外のなにものでもない。
 これが始まったのは2001年9月(平成13年)であるから、基本法制定の四年前から食育に貢献していることになる。旭町小の他にも上本郷小、稔台学童保育杉の子会、市教育委員会のふれあい学級などにもソバ作りを指導しており、これらも食育の一翼を担っている

会報161号掲載より 平成19年6月(161号では二題掲載しました)
 羊頭狗肉とは羊の頭を看板にして実は犬の肉を売ると言う四字熟語。看板に偽りありの意味であることはご存じの通である。
 牛肉ミンチ偽装問題の会社の屋上には、テレビで見る限り等身大とおぼしき牛の模型看板が掲げられている、つまり牛を看板にして実は豚、鶏、鴨、羊、その他を牛100パーセントと称し混入していたのだから、「牛頭豚鶏鴨羊他肉」八字熟語になってしまう。もうこれ以上九字、十字熟語にならないことを願いたい。
 我が業界の過去にはいくつかの事例があった。30年近くも前にもなるかと思うが製粉会社が商習慣的にソバ粉に小麦粉を混入していた。2004年にはJA香川が「さぬきの夢2000」100パーセントが売りの乾麺が実はオーストラリア産小麦を混ぜていたこと。同じ年に札幌市の製粉会社が国内産100パーセントとしながらアメリカ産のソバを混ぜていたことなど記憶に新しい。
 日麺連が消費者のより強い信頼を得るために推し進めている、麺類飲食店の標準営業約款がある。この条件を満たす店は営業施設の店頭又は店内に全国生活衛生営業指導センターの定める標識Sマークとサービス内容等約款の要旨を掲示することになっていて、消費者はこれにより約款に従った安全で安心できる約款登録店であることを知ることができるようになっている。
 近頃、気がかりなことを耳にするようになった。約款で定めるそばの配合比率七三が実際には思うに任せず元の比率に戻したという話だ。さもありなんと思うが標識Sマークは外しているでしょうね。

会報154号掲載より 平成18年11月
 「たら・れば」はないが、敢えて杉浦さんの選挙について考察すると、前回14年の市議選は当日有権者数372,365人、投票率40.14%で4534票であった。
 今回は380,388人、投票率37.84%で4349票、これが前回並みの投票率であったらと思うと、選挙は算数ではないのは百も承知の上だが、今回の得票率を基に単純計算すると4611票となって前回を上回ることになる。
 選挙は表の数よりも内側の数を見ることで実力を計り知ることができる。

会報153号掲載より 平成18年10月

 ◇「これって安いんじゃない!?」(満足盛り胡瓜のお新香)
 ◇「こんな天丼見たことない」(トロたま天丼)
 ◇「まさかのまさか、きつねうどんが進化するとこうなる」(冷やもりきつね汁うどん)
 ◇「こう言う味もあったんだ」(熱もり木の子汁うどん)
 ◇「辛さ爆発・美味しさも爆発だ」(激辛うどん)
 ◇「レトロな味の特大きつねと大盛りうどんの出会い」(デッカイきつねうどん)
 ◇「のど越しの言葉はもう古い・のどをすり抜ける美味しさ」(特製細打ちごまだれうどん)
 ◇「種子島産の紫芋を練り込んだポリフェノールを含む健康うどん」(紫陽花うどん)
 ◇「旬を彩る」(冷やがけ若竹うどん)
 ◇「夏が食べたい」(冷やし中華風うどん 涼麺)
 ◇「今、この時の味」(秋冬限定 ごぼう味噌煮込みうどん)

  これらは弊店のキャッチコピーで( )はその商品名である。このコピーを配したメニューおよびポスターによる訴求効果は高く、販売動向がそれの証になっており、キャッチコピーは極めて重要な販売ツールといえる。
 秋の夜長、コピーをあれこれ考えるのは楽しいものである。効果覿面となれば「してやったり」 と、まさに快感。
 
会報151号掲載より 平成18年8月
 今月の会報の号数を151号と記入して気がついた。
 「ん!? 先月は150号だったんだ、節目だ」と。普段極めて機械的に作業をこなしているものだから、気づかないで通り過ごしてしまった。数号前にはそろそろ節目だな、と思ってはいたのだが・・・。
 思えばわれながらここまで続けられたと思う。この間数回記事がなくて休刊したことや、入院のために134号(17年2月)を笛木前代表にピンチヒッターを願ったこともあったが、平成5年9月22日発行の「発会式のお知らせ」が最初で、翌月から表題「会からのお知らせ」として記事の体裁になった。その後「MCMだより」に変えて現在に至っている。
 日常の連絡事項以外に、いま会が何を考え、これから何をしようとしているのか、こうした情報を余すところなく的確に伝達するツールである。
 会の進むべき方向に全ての会員の目線が向いていることが、会の発展に繋がることを考えれば会報の役割の重さとそれの執筆に携わる者としての責任を重く受け止めている。 
 この先続けて行けば200回の節目を迎えることになるが、できれば後継者がそれを迎えることが望ましく思われる。